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シャオブ
8年11か月、この世界で一緒に過ごしてくれました
"夕暮れのたびに心を明るくしてくれた、かけがえのない八年間でした。"
— リー・ミン
物語
シャオブが家に来た頃は、まだ幼さの残る小さな柴犬でした。くるりと巻いたしっぽを高く上げて、秋の光を集めたような目でこちらを見上げる姿が今でも忘れられません。元気で少し頑固な子だと思っていましたが、これからの八年間で、何気ない毎日がどれほど大切かを静かに教えてくれる存在になるとは想像していませんでした。
シャオブがいちばん好きだったのは夕方の散歩です。空の色がやわらかく変わり始めると、自分でリードをくわえて玄関まで来て、鼻先でそっと手に触れてきました。早く行こうとせかすのではなく、「そろそろ行こうか」と声をかけてくれるような合図でした。歩く速度は決して速くなく、草の匂いを確かめたり、通り過ぎる人を眺めたりしながら、何度も振り返ってこちらを待ってくれました。その待ち方がとても自然で、寄り添うということの穏やかさを感じさせました。
ある冬、私が心身ともに落ち込んで、ほとんど何も話せなくなっていた時期がありました。その夜シャオブは、いつものように遊びをせがむこともなく、私の足元に伏せて靴にそっとあごをのせました。暗い部屋に響くのはシャオブの静かな呼吸だけで、そのぬくもりに触れたとき、我慢していた涙が自然にこぼれました。シャオブは離れず、ただ見上げてくれました。そのまなざしに「急がなくていいよ」と言われた気がしたのを覚えています。
もちろん、くすっと笑ってしまう癖もたくさんありました。雨の日は外に出たがらず、インターホンが鳴ると二回だけ吠えてから駆けて行き、寝る前にはお気に入りのおもちゃを自分の寝床の近くに集めていました。そんな何気ない癖こそ、今ではいちばん恋しい記憶です。大きな別れだけが悲しみをつくるのではなく、もう二度と繰り返されない日常が胸を締めつけるのだと知りました。
シャオブがいなくなってからもしばらくは、夕方になるたび無意識に玄関のほうを見てしまいました。次の瞬間、リードをくわえたシャオブが待っている気がしたからです。けれど家は静かで、リードはあの日のまま同じ場所に掛かったままでした。シャオブは犬を愛することだけでなく、ありふれた一日を大事に抱きしめることを教えてくれたのだと思います。



